会員交流の広場(日本作物学会紀事の「会員の広場」もご覧ください)

2024年(令和6年)

生産性向上と環境負荷低減を 同時に達成できる栽培管理技術の 開発と育種目標の提案

神山拓也
(宇都宮大学農学部)

 私はこれまで,圃場をベースに植物の環境に対する生理生態的な応答を理解し,生産性向上と環境負荷低減を同時に達成できる栽培管理技術の開発と育種目標の提案をしてきました.
 博士号を取得した名古屋大学では,圃場にコンテナハウスを設置し,名城大学の建築環境工学の専門家と壁面緑化の冷却効果に関与するつる性植物の形質を同定し,その栽培管理に適した栽植密度と灌水条件を解明しました1-3).並行して,指導教員で根の専門家である恩師のもとで,作物の根の重要性について学び,乾燥ストレスに対するイネ根系の応答に関わる圃場試験を留学生と共同で実施しました.博士号取得後は,プロジェクトのポスドクとして,東北大学,北海道大学,山形大学,秋田県立大学,農研機構の各地域農業研究センター,北海道立総合研究機構,かずさDNA研究所と共同で,植物のリン酸吸収に関与するアーバスキュラー菌根菌資材のダイズへの接種試験を複数圃場で実施し,この菌の圃場利用に関する総説を執筆しました4-6)
 現在所属する宇都宮大学に着任後は,畑作物の根に重点を置き,養分吸収と湿害対策に関する研究を進めています.養分吸収に関しては,北海道大学と共同で,圃場でダイズコアコレクションを栽培し,根系基部から根系形質をハイスループットで解析できる手法を用い,低リン耐性とリン施肥応答に関わる根系形質を評価してきました.そして,指導学生が2020年から3か年実施した成果の一部を発表し,第253回講演会優秀発表賞を受賞しました.並行して,麦類の局所施肥技術に関わる研究を進め,深層学習による画像解析と透明な根箱を用い,非破壊根系モニタリングシステムを構築しました.現在,この手法を応用したスマート施肥技術を圃場へ展開するために,東北大学,栃木県農業試験場,北海道農業研究センターと共同でオープンイノベーション研究・実用化推進事業(JPJ011937)により研究を推進しています7).湿害対策に関しては,戦略的プロジェクト研究推進事業の小課題責任者として,井関農機株式会社,北海道立総合研究機構,農業生産法人株式会社そば研,次世代作物開発研究センターと九州沖縄農業研究センターと共同で研究を進め,現地の複数圃場で湿害対策技術によるソバの収量改善効果を検証してきました 8).また,上記の研究を加速化するために開発した根箱用根系採取装置について,農研機構と特許を取得し,大起理化工業と共に商品化しました9)
 本稿を書き進める中で,改めて,これまでの研究は,さまざまな大学,農研機構,試験場,株式会社のご協力を得て実施できているものと実感しております.今後も,これらの関係機関と連携しながら,生産性向上と環境負荷低減を同時に達成できる栽培管理技術の開発と育種目標の提案に取り組んでいきたいと思います.

主な研究成果

  1. Koyama et al. 2013. Build. Environ. 66: 96-103.
  2. Koyama et al. 2014. Ecol. Eng. 70: 217-226.
  3. Koyama et al. 2015. Ecol. Eng. 83: 343-353.
  4. Niwa et al. 2018. Sci. Rep. 8: 1-11.
  5. Koyama et al. 2019. Plant Prod. Sci. 22: 215-219.
  6. 神山・佐藤2019. 根の研究 28: 23-37.
  7. 生物系特定産業技術研究支援センター 2023. オープンイノベーション研究・実用化推進事業 https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/open-innovation/theme/files/4_05004a1.pdf (最終閲覧 2023 年 11 月 2 日)
  8. Takeshima et al. 2023. Field Crops Res. 297: 108935.
  9. 大起理化工業 2021. https://www.daiki.co.jp/products/dik-7500/ (最終閲覧 2023 年 11 月 2 日)
壁面緑化の冷却効果を定量化するためにコンテナハウス周りで作業している様子
ダイズ圃場で根をサンプリングしている様子
秋田県のソバ現地圃場で生育調査をしている様子
根箱用根系採取装置でコムギの根をサンプリングしている様子

栽培性に優れ,高品質な小麦・大麦の 品種開発を目指して

中澤隆盛
(長野県農業試験場育種部)

 長野県農業試験場育種部で3年目になる私は当場で小麦・大麦の品種育成を行っています.長野県では県内向けの品種育成の他に各種外部資金課題において東北南部,関東東山地域の中山間高冷地に適した品種育成をしています.近年では,小麦は製パン性に優れる硬質小麦「ゆめかおり」やコムギ縞萎縮病に強く,時間経過による生麺の色相劣化が少ない日本麺用の軟質小麦「東山55号(しろゆたか)」,越冬性や病害抵抗性に優れる中華麺用の硬質小麦「東山53号(ハナチカラ)」を育成し,大麦は耐寒性,耐雪性に優れるうるち性の「ファイバースノウ」,精麦適性が優れ,もち性で食物繊維であるβグルカン含量が高い「ホワイトファイバー」などを育成してきました.現在では,小麦は生育安定性,コムギ縞萎縮病抵抗性等を有し,加工用途に応じた高品質な品種開発を,大麦では高品質なうるち性品種,播性付与等により栽培性を向上させたもち性品種の育成に取り組んでおります.
 当場における麦類の品種育成は,出穂期や成熟期,病害抵抗性等の生育調査,子実重や容積重,千粒重といった収量調査,収穫物を製粉し,タンパク含有率や生地物性を調べる製粉および品質試験によって選抜を行っています.なかでも製粉,品質試験は冬期に重点的に行っています.小麦はそのままでは食べることができないので製粉性やうどん・パン等の二次加工物への加工適性に優れている必要があり,このことは実需者である製粉会社から強く求められています.写真のような試験用小型製粉機ブラベンダーテストミルは200 g程度の少量で製粉を行えるので試験面積が小さい若い世代の試験に使用しています.また,大麦も食用にするには,穀粒の外皮を削る搗精加工(精麦)が必要です.この精麦粒を使用し,粒の白度やβグルカン含量,搗精加工に影響を与える硝子率等を測定することで加工適性を評価しています.
 圃場での栽培に加え,収穫物の品質評価までを1年のサイクルの中で行い,系統選抜を進めています.経験が浅く,勉強の日々ですが将来的に私が携わった品種が長野県をはじめ広域普及すること,そして麦類生産に貢献できることを目標に研究開発に精進しています.

専用の播種機での播種作業.設定した畦長で多数の品種・系統の試験区を迅速に播種することが可能
ブラベンダーテストミルでの製粉作業
収穫作業.専用のコンバインにより多数の試験区を分別して刈取ることが可能
小麦の外観品質評価

2023年(令和5年)

畑作物の「分からない」をひとつ,ひとつ,なくしていきたい

大寺真史
(福島県農業総合センター)

 智恵子抄で知られる安達太良山を望むフィールドで,畑作物の放射性セシウム吸収に関する試験のほか,マルチオミクス解析に基づくダイズの安定多収栽培に関する試験,コムギ有望品種の高品質多収栽培に関する試験,タバコの薬効薬害試験などを担当して2年目となる.学生時代は,幸いにも作物学の権威と出会うことができ,ダイズの研究に尽力したつもりである.作物学研究の道を志した身としては,多くの畑作物を日々愛でながら研究できている現状は幸せである.
 さて,大変ありがたいことに,本稿で自身の研究活動を紹介する機会をいただいた.今回は,塩化カリウムがソバの生育に及ぼす影響に関する試験を紹介させていただきたい.この試験に取り組んだきっかけは,福島県浜通り地域の現地圃場(浪江町,大熊町)での放射性セシウム吸収に関する試験だった.この地域は,東京電力福島第一原子力発電所事故の影響により,農業生産の場では放射性セシウム吸収抑制対策として土壌中の交換性カリウム含量を高める必要がある.その際に比較的安価な塩化カリウムがしばしば用いられるのだが,それを多く施用した区ではソバの(特に初期)生育が劣っていることが確認された.「これは何かある」と感じた.カリウム資材として最もメジャーな塩化カリウムが,その施用量や施用方法によってはソバの生育を抑制するだけでなく,収量にも影響を及ぼしている可能性がある.そこで,この要因を確かめるため,2023年度から土壌中の交換性カリウム含量レベルを段階的に設けたポットと圃場で試験を実施している.浜通り地域のソバ生産拡大に向け,生育量や収量の確保と子実の放射性セシウム吸収抑制の両面から,塩化カリウムの適切な施用量を提示できればと考えている.
 東日本大震災から10年を機に,福島県では『ひとつ,ひとつ,実現する ふくしま』という新たなスローガンが策定された.「ひとりひとりの力を重ね,それぞれの思いを繋ぎ,ともに,ひとつずつ,しっかりと,カタチにし続けていこう.」という思いが込められている.ソバは雑穀として認識され,県内での生産量は米(イネ)の1%にも満たない「わき役」かもしれないが,ひとりの研究者がこのわき役に関するひとつの事象を明らかにするため,多少の知識と経験,そこそこの体力を武器に日々奮闘している.この小さな奮闘がきっと浜通り地域の生産者のためとなり,ひいては福島県の農業が少し発展することにも繋がると信じながら,引き続き作物学研究に尽力していきたいと考えている.

ソバのポット試験での調査
奨励品種決定調査のオオムギ刈取り
現地圃場でのラッカセイ播種
タバコ(中葉)の編込み乾燥

人・地域とのつながりを大切に、現場の為になる技術の提案・普及を目指して

北畠拓也
(TOMATEC株式会社・現在、北海道立総合研究機構酪農試験場)

 私は肥料メーカーに所属し主にホウ素、マンガン等の微量要素を含む肥料製品の推進業務に携わってきました。特に北海道内で新たに導入または栽培面積の拡大が見込まれるサツマイモや飼料用・子実用トウモロコシなどに対するく溶性ホウ素肥料の施用試験について各関係機関に提案し、そのご協力のもとで実施してきました。既往の研究においても各作物への微量要素の施用効果は確認されていますが、新規導入作物や輪作体系上で微量要素を施用する機会の少ない地域における知見は不足しています。土壌の熱水可溶性ホウ素含量について、サツマイモ、飼料用トウモロコシでは基準値未満、子実用トウモロコシでは基準値下限程度の圃場において、それぞれホウ素施用による増収効果を確認しています。
 また2018~2020年度には、酪農学園大学の博士課程にて密植栽培による安定多収を実現し得る主茎型ダイズ品種の形態について検討しました。主茎型品種を用いた密植栽培によるダイズの安定多収技術のモデルは過去に提唱されています。しかし、北海道においては倒伏の増加や個体当たり莢数の激減のため必ずしも多収技術とはなっておらず、除草作業が軽減できる省力化技術にとどまっています。複数年の栽培試験の結果から、品種「トヨハルカ」由来の耐倒伏性QTLおよび密植時においても個体当たり莢数が確保されやすい長花梗特性を導入した主茎型品種を用いた25~33本/m2程度の密植栽培により、多収が実現できる可能性を示しました。
 こうした栽培試験はJA関連団体、各研究機関、各地農業改良普及センターなど多くの方のご助言、ご協力を得て実施できているとあらためて感じております。また試験成績の情報提供、技術の普及推進についても多くの機関の皆様のご協力をいただいております。
 資材価格の変動や環境負荷低減、未利用資源の利活用に対応する肥料・農薬等の使用方法の再検討、気候変動や農業人口の変化に対応する新規作物の導入や新たな輪作体系の確立、食料自給率向上や輸入飼料の高騰に対応する穀物、飼料作物の安定生産技術の普及など、我が国の農業において取り組むべき課題は多いと考えます。2023年4月からは北海道立総合研究機構 酪農試験場にて飼料用トウモロコシおよび牧草の栽培について研究および地域支援を行って参ります。今後は生産現場の抱える課題に常にアンテナを張りつつ関係機関との連携を保ち、より一層普及につながる栽培技術の提供に貢献していきたいと考えています。

主な研究成果

  1. Kitabatake,T., Yamaguchi, N., Sayama, T., Taguchi-Shiobara, F., Suzuki, H., Ishimoto, M. and Yoshihira,T. 2019. Morphological traits associated with the Quantitative Trait Locus for lodging tolerance in soybean. Crop Science: 59(2), 565-572.
  2. Kitabatake, T., Yoshihira, T., Suzuki, H. and Yamaguchi, N. 2020. Yield and related traits for a soybean breeding line ‘Tokei 1122’ with QTLs for long terminal racemes under high planting density conditions. Plant Prod. Sci: 23(2), 234-246.
  3. 北畠拓也・河野美加・長尾明宣・嘉見大助・杉山慶太・清田雅明・横井義雄. 2021. 亜鉛資材の施用が種子食用ペポカボチャ品種‘ストライプペポ’の種子亜鉛含量に与える効果. 北海道園芸研究談話会報 54: 4-5.
  4. 北畠拓也・宮﨑愛莉・義平大樹. 2021. 鉄・亜鉛の施用が道央地域におけるインゲンマメ(金時類、手亡類)の子実収量および子実の鉄・亜鉛成分含量に及ぼす影響. 育種・作物学会北海道談話会会報 62: 88.
  5. 北畠拓也・高橋聡・澤田壮太・松井俊樹・義平大樹. 2023. く溶性ホウ素肥料の施用が北海道中央部の灰色台地土における子実用トウモロコシの子実収量に及ぼす影響. 日本作物学会講演会要旨集 255: 80.
高校との小豆の共同試験の様子
子実用トウモロコシの収量調査の様子
インゲンマメ圃場における除草作業の様子
ダイズの根系調査を目的としたポットの埋め込み作業の様子

インドネシアのトウガラシ栽培から始まる気候変動に強い未来の作物生産

後藤啓太
(鹿児島大学連合農学研究科博士課程3年)

 私は2022年5月から,インドネシアのスリウィジャヤ大学に留学して,研究活動を行っています.赤道直下の熱帯雨林気候区分のスマトラ島では一年を通して雨が降り,日降水量50 mm以上の滝のような雨を月に数回観測することも珍しくありません.恵みの雨といえども,こうした土壌水分の極端な増加,すなわち過湿土壌は,多くの畑作物にとって生育および収量に深刻な影響を与えるストレス要因となっています.アジア地域の人々の食生活にとって欠かすことのできないトウガラシ(Capsicum spp.)も,過湿条件下で数日か ら数週間で枯死に至るほど根圏の嫌気ストレスに脆弱です.そのため,湛水による湿害が発生しやすい現地圃場では,被害軽減のための対策が必要とされます.そこで,本研究では,作物の生理的状態をリアルタイムで診断し,ストレスの初期応答を迅速に評価する技術開発を目的としています.
 これまでの研究で,トウガラシの根圏の嫌気ストレス初期応答である葉の蒸散冷却や下葉のクロロフィル含量の変化の関係について検討してきました.その結果,これらの応答が嫌気ストレス単体によるものでなく,日射量や気温・湿度など複数の環境要因が相互的に作用した結果であることを定量的に示しました.例えば,葉の表面温度に影響を及ぼす蒸散速度は,土壌から供給される水分量と蒸散による需要量の影響を受けていました.つまり,蒸散には根の吸水活性と蒸散流の2つの原動力が働きます.根の吸水活性は土壌水分条件の影響を受け,蒸散流は大気の飽差によって決まることから,蒸散速度の変動を説明するためには,少なくともこれら2つの環境変数の検討が必要です.加えて,蒸散が光合成と同じく気孔を介した代謝であることから,クロロフィルに取り込まれる光エネルギー量や光合成活性酵素の働きに影響する温度も注目すべき蒸散の変動要因となります.
 本留学期間では,過湿土壌,高温多湿,強日射などそれぞれのストレス要因が変動しつつ複合的に作用する熱帯環境において,トウガラシの環境応答のメカニズムを様々な微気象の変化から説明することを目指しています.また,生理的応答の評価とあわせて,近年研究が加速する植物の電気的シグナル(Electrical signals)の野外での連続測定や環境ストレス下での測定など新規的かつ先進的な取り組みも進めています.将来的には,トウガラシの生育診断技術と親和性の高いICT分野との連携による社会実装を考えています.ドローンや画像処理技術などICT と連携し圃場全体の生育・環境データを包括的に収集することで迅速・広域の生育評価が可能となり,熱帯の課題解決のみならず,世界各地の将来的な温度上昇や水災害に対応したスマート農業の発展に寄与できます.さらに,FAOらが提唱するClimate-Smart Agricultureを推し進めるために,生産環境と気候変化に基づく生育モデルを多様な環境に適応させ,安定した持続的作物栽培の導入を可能にしたいと願っています.

主な研究成果

  1. Keita Goto, Shin Yabuta, Shotaro Tamaru, Peter Ssenyonga, Bore Emanuel, Naoya Katsuhama, Jun-Ichi Sakagami, 2022. Root hypoxia causes oxidative damage on photosynthetic apparatus and interacts with light stress to trigger abscission of lower position leaves in Capsicum. Scientia Horticulturae (Amsterdam) 305, 111337. https://doi.org/10.1016/j.scienta.2022.111337
  2. Keita Goto, Shin Yabuta, Peter Ssenyonga, Shotaro Tamaru, Jun-Ichi Sakagami, 2021. Response of leaf water potential, stomatal conductance and chlorophyll content under different levels of soil water, air vapor pressure deficit and solar radiation in chili pepper (Capsicum chinense). Scientia Horticulturae (Amsterdam) 281, 109943. https://doi.org/10.1016/j.scienta.2021.109943
  3. Keita Goto, Shotaro Tamaru, Peter Balyejusa Ssenyonga, Emmanuel Kiprono Bore, Shin Yabuta, Jun-Ichi Sakagami, 2021. Anaerobic and high light stress-induced leaf abscission in chili pepper (Capsicum spp.). Abstracts of ACSAC10 The 10th Asian Crop Science Association Conference, P1-26.
  4. 後藤啓太, 薮田伸, 坂上潤一 2021. 異なる土壌水分および日射条件に対する葉のクロロフィル含量, クロロフィルa/b比および葉面積の変化. 日本作物学会第 251 回講演会要旨集:162.
  5. 後藤啓太 2020. 国際会議出席報告-2019 年度若手研究者海外学会出席助成-. 2019 年韓国作物学会秋季学術発表会に参加して. 日本作物学会紀事 89: 46.
  6. Keita Goto, Shin Yabuta, Jun-Ichi Sakagami, 2019. Development of crop growth model under different soil moisture status. Proceedings of the Korean Society of Crop Science Conference (Rice International Forum 2019), 19.
インドネシアの伝統食Ayam Geprek.葉野菜の流通が少なく,人口の90%以上はWHO が定める野菜摂取不足に当たるとされる.トウガラシベースのソースがビタミン・ミネラルの主要な摂取源となる.
インドネシアでの生育調査の様子.
赤外線サーモグラフィカメラで撮影した葉の表面温度(左:通常潅水,右:過湿土壌).
トウガラシの高温回避メカニズムの解明を目指した実験.

2022年(令和4年)

だれでも高品質な作物がたくさんとれる栽培体系の開発を目指して

水田圭祐
(香川大学農学部)

 私は姓が「水田」ですが,畑作物であるコムギを対象に研究しています.コムギは,香川県の名物である「さぬきうどん」をはじめとしためん類,パンや調味料として普段から食べられています.一方で,栽培においては収量と品質評価において重要な子実タンパク質含有率(GPC)の間にトレードオフの関係があるため,高品質とたくさんとる(多収)の両立が難しい作物です.私は,このトレードオフの関係を栽培体系の改良によって突破し,だれがどの地域で栽培しても高品質・多収が達成できる方法を研究しています.
 これまでは,西南暖地向けパン用コムギ品種で多収と高品質を両立するための窒素施肥体系として穂肥重点施肥が有効であることを明らかにしました1-5).穂肥重点施肥は,地上部窒素蓄積量を高めることによって多収となってもGPCを低下させないことに加え1, 2),茎立ち期中の光競合を緩和することによって耐倒伏性を高める効果もあります3, 5).一方で,穂肥重点施肥の効果は気象条件の影響を受けるため,作期によって異なることもこれまでに報告してきました1, 2).現在は,穂肥重点施肥の効果が作期や圃場条件によって受ける影響を可能な限り抑え,誰がどこで栽培しても穂肥重点施肥の効果を最大限発揮させるため,生育診断を組み合わせた可変型穂肥重点施肥の開発に取り組んでいます.
 また現在,香川県でデュラムコムギ品種「セトデュール」 を安定的に栽培・利用できないかについても挑戦しています.香川県は降水量が少なく,赤カビ病への抵抗性が非常に弱い「セトデュール」を栽培できる可能性がある数少ない地域の一つとなっています.「セトデュール」の栽培では,パン用コムギ並みの高いGPCと赤カビ病や穂発芽を防ぐために絶対に倒伏させないことが求められますが,いずれもこれまでの研究成果を応用することによって達成できると考えています.香川県は,オリーブやニンニク,香川本鷹(トウガラシ)といった作物も特産品となっており,これらと「セトデュール」を組み合わせて新たな特産品を開発できないか,小豆島町のオリーブ農家や県内の製粉業者の協力を得ながら取り組んでいます.

主な研究成果

  1. 水田圭祐・荒木英樹・中村和弘・松中仁・丹野研一・高橋肇 2017. パン用コムギ品種「ミナミノカオリ」における穂肥重点施肥が収量や子実タンパク質含有率におよぼす影響. 日作紀 86: 319-328.
  2. 水田圭祐・荒木英樹・高橋肇 2019. 穂肥重点施肥による多収パン用品種「せときらら」の高品質多収化. 日作紀 88: 98-107.
  3. Mizuta, K., Araki, H. and Takahashi, T. 2020. Shifting timing of intensive nitrogen topdressing later to the stem-elongation phase reduced lower internodes length and lodging risk of wheat. Plant Prod. Sci. 23: 427-435.
  4. 水田圭祐・荒木英樹・高橋肇 2020. パン用コムギ品種「せときらら」 における茎数を指標とした生育診断に基づく可変施肥法の検証. 日作紀 89: 195-202.
  5. 水田圭祐, 荒木英樹, 中村和弘, 松中仁, 高橋肇 2021. 肥効調節型肥料を用いた穂肥重点施肥がパン用コムギの収量と子実タンパク質含有率におよぼす影響. 日作紀 90: 18-28.
収穫した「 セトデュール」 の利用に向けて試作品を作成している様子.
ドローンで撮影した試験圃場の空撮RGB画像( 高度20 m).
試験栽培を行った「 セトデュール」 の収穫期における様子.
学生と「 セトデュール」 の収穫作業をしている様子.収量調査 のために手刈りで行います.

需要高まる?!
小麦の安定生産に貢献する技術開発

水本晃那
(神戸大学大学院農学研究科博士課程3年,農研機構中日本農業研究センター研究員)

 私は,「早播栽培における小麦の安定多収技術の開発」というテーマで研究しています.関東以西の温暖地では,低温要求性の低い小麦品種が広く栽培されています.栽培規模拡大に伴う早播き栽培や,温暖化に伴う暖冬条件では,生育初期の気温が高いために幼穂発育が早まり,早春の低温で凍霜害に遭遇し減収するという問題があります.これを解決するには初期成育を抑制する必要があります.従前の技術である麦踏みは,幼穂発育抑制効果や倒伏防止・分げつ増加による増収効果があることが報告されています.そこで,温暖地での早期栽培において凍霜害を回避することを目的に,麦踏みの有効性について検証を行いました.2018年作では,麦踏みすることにより,幼穂発育が遅延し,それにより凍霜害が回避されたと考えられ,その結果10 aあたり100 kgを超える増収効果が認められました.また,温暖地での早期栽培では,一般的に言われている麦踏み適期よりも早い時期に踏んだほうが,幼穂発育遅延効果が高いことが分かってきました.
 2020年に神戸大学の博士課程に進学し,麦踏みによる幼穂分化遅延メカニズムの解明を目的に研究を行っています.麦踏みの効果に関しては,1950年の大谷博士の論文で詳細に報告されていますが,そのメカニズムに関しては全く研究が進んでおらず,ブルーオーシャンです.私は,植物ホルモンであるエチレンに着目し研究を進めています.これまでに,麦踏みにより植物体からのエチレン発生量が増大すること,また小麦をエチレン処理することにより幼穂の発達が遅延することを明らかにしました.現在,幼穂分化遅延のメカニズムとエチレンシグナリングとの関係を調査しています.
 温故知新のつもりで,意欲的な後輩たちに支えられながら,研究を進めています.古い技術を掘り起こす研究の一方,ドローン等によるセンシングにも取り組んでいます.新旧の技術を組み合わせながら,小麦の安定生産に貢献する技術開発に取り組んでまいります.

主な研究成果

  1. 水本晃那・谷尾昌彦・渡邊和洋・中園江・内野彰 2019. 早播の春播性小麦における麦踏みの茎頂発育と凍霜害に対する効果. 日本作物学会第 248 回講演会要旨集;101.
  2. 水本晃那・大﨑梨央奈・谷尾昌彦・中園江・内野彰・渡邊和洋・東哲司 2021. 春播性小麦において麦踏みは幼穂分化遅延効果を持つエチレンを発生させる. 日本作物学会第 251 回講演会要旨集;33.
小型鎮圧機での麦踏み.
トラクタ牽引型ローラでの麦踏み.
小麦収穫時の1コマ.
大学での調査のようす.

これからのAgronomy 研究の発展と社会実装に向けた抱負

田中貴
(岐阜大学応用生物科学部 准教授,サグリ株式会社 取締役CTO)

 私は岐阜大学で農家圃場における栽培試験を適正に評価するための統計手法や機械学習モデリング手法の開発・実装を行っている.人工衛星やドローンによるリモートセンシング,収量コンバインや水管理ICT機器などに搭載される様々なセンサー類から取得されたデータを,どのように実際の営農に有効活用するのかをテーマとしている.学生時代(京都大学)は,中国雲南省における湖沼の富栄養化問題を改善するために,ヨシの飼料化による窒素循環の適正化をテーマに研究を行っていた.一見すると,全く異なる研究テーマのようだが,生産者の収益向上や環境負荷の低減,持続的生産を可能とする技術の開発のみならず社会実装まで見届けたいというのが私のモチベーションであり,それらは学生時代から何一つ変わっていない.私は真のAgronomistになりたいのだ.
 中国での仕事は学術論文という形でそれなりに業績を残すことができたが1-5),何一つ社会実装にまでは至らなかった.農学研究ではFarming system approachという農家参画型の研究手法が古くからあるが,あくまで農家にとって部外者である研究者が技術を普及させるため農家に技術を体験させるという,極めて一方向な押し売りに終始しているように私には見えてしまう.農家と研究者が共にローカルな問題を見つめながら,仮説を共創するところから研究を始動させていくべきで,技術開発と普及は独立した問題ではなく,研究者や農家,その他のステークホルダーがともに学んでいくことを基礎とする相互作用的なアプローチも必要なのだろう.この点に関して近年では,On-farm experimentationと呼ばれる分野として,試験圃場における栽培試験を基準としてきたAgronomyの研究の枠組みが変革しつつある.On-farm experimentationに関する情報については,総説としてまとめ,本誌に寄稿したい.
 岐阜大学に赴任した当初は自分自身の理念を具現化するための明確な方向性も分からないまま,農家圃場での収量制限要因を解明するための修行のような研究を悶々と行ってきた.そこに一筋の光を与えてくれたのが,学会から渡航費の支援を頂いて参加した欧州精密農業学会ECPA2019である6).そこでOn-farm experimentationにおける先端的な取り組みを知ることとなった.従来のような技術普及のための実証試験ではなく,現場農家の疑問に答えられるようなアプローチをどう構築するのかという思いから,帰国後に農家圃場における簡易な試験区の配置でも有効な統計手法を開発した7).これにより農家自身で経営上の最適な施肥量等を把握することが可能となるため,本手法をより広く現場で使ってもらおうと,事業化を目指すアグリテックグランプリ(リバネス主催)に挑戦したところ日本ユニシス賞を頂いた.しかし,当初は事業化に向けた連携を農機メーカ等の大企業とできれば幸いという淡い考えで,起業までは想定しておらず,持続的なビジネスモデルでなかったため,即事業化には至らなかった.社会実装の難しさを痛感したわけだが,これを機にフットワークが軽いスタートアップ企業へ興味を持つようになった.折良く,アグリテックグランプリで自分と同じくファイナリストだったサグリ株式会社の坪井代表と意気投合し,気が付いたらサグリに役員としてジョインすることとなった.大学教員がスタートアップ企業の取締役として兼業する際のやりがいや苦労に関しては,農林水産省のレポートに対談形式で紹介されているので参照頂きたい8).今現在,Agronomy研究における技術開発と社会実装を進めるためのアプローチを自分なりに模索している.

参考文献

  1. Tanaka, T. et al., 2013. J. Environ. Sci. 25: 1107-1116.
  2. Tanaka, T.S.T. et al., 2015. FEMS Microbiol. Ecol. 91: 1-10.
  3. Tanaka, T.S.T. et al., 2016. J. Environ. Manag. 166: 420-428.
  4. Tanaka, T.S.T. et al., 2017. J. Environ. Manag. 187: 436-443.
  5. Tanaka, T.S.T. et al., 2018. J. Enviro. Manag. 217: 888-896.
  6. 田中貴 2019. 国際会議出席報告-2019 年度若手研究者海外学会出席助成-第12回欧州精密農業学会に参加して. 日作紀 88: 281.
  7. Tanaka, T.S.T. 2021. Precis. Agric. 22: 1601-1616.
  8. 農林水産省 2022. University Start-up Venture Report. 
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/kinyu/attach/pdf/venture-1.pdf(最終閲覧 2022年4月15日)
ドローンを用いたダイズのセンシングの様子.岐阜大学グローバルレクチャー動画 https://www.gifu-u.ac.jp/about/publication/glg.htmlより.
中国雲南省での農村調査.フィールドワークの原点.
学生と小麦収量調査の様子.2tトラックで何回も往復する.
可変施肥ブロキャスを用いた施肥試験の打ち合わせ風景.
可変施肥を用いた農家圃場(1区画2ha超の大規模区画水田)における小麦の施肥試験の空撮.18m x 50mごとに施肥量を調整.

光合成能力の強化を通した作物の生産性向上を目指して

迫田和馬
(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構,
日本学術振興会特別研究員 PD)

 私は食糧問題に幼いころより関心を持ち,研究というアプローチでこの問題解決に貢献したいと考え,作物学研究の門を叩きました.一方,昨今ではSDGsという言葉がもてはやされているように,環境問題が世界的にも大きな注目を集めています.高CO2化に伴う温暖化や気候変動が懸念されるようになって久しく,作物を取り巻く環境は今後も過酷さを増していくことが予想されます.この背景があり,私は作物の物質生産の基本である光合成に着目し,光合成に基づく植物のストレス環境応答メカニズムの理解と,様々なストレス環境を想定した光合成能力の強化による作物生産性向上を目指す研究に取り組んできました.
 これまで,高CO2や高オゾン,乾燥,変動光といったストレス環境に対する光合成の応答に興味を持ち,作物を中心としてその生理的・遺伝的メカニズムの解明を目指してきました.光合成の制御におけるキーピースともいえる“気孔”と“ルビスコ”に着目し,遺伝子組換えによるこれらの改変が上述のストレス環境における光合成能力の強化につながる可能性を示しています.また並行して,作物の品種間に存在する自然変異を活用して光合成能力の強化を目指す研究にも取り組んできました.これまでに,圃場栽培したダイズ多品種において光合成能力に幅広い変異が存在すること,さらに,遺伝解析によりその変異に関わる量的形質遺伝子座を明らかにしています.今後は変異の原因となる遺伝子を同定し,ダイズ育種へ活用することを夢見て奮闘しています.
 最近では,創薬研究で活用されてきた膨大な低分子化合物群に着目し,植物の光合成能力を向上させる有用化合物の同定を目指した研究にも取り組んでいます.シロイヌナズナを用いた独自の迅速化合物スクリーニング系を構築し,1万種以上の低分子化合物を対象に光合成活性への効果を評価してきました.その結果,光合成能力を高める作用を示す 1つの新規化合物の同定に成功しています.現在は,化合物の作用機構の解明を目指しながら作物における生長量や収量への効果検証を進めており,将来的には実用可能な薬剤の開発につなげたいと考えています.

主な研究成果

  1. Kazuma Sakoda (Corresponding author), Wataru Yamori, Michael Groszmann, John R. Evans, Stomatal, Mesophyll Conductance, and Biochemical Limitations to Photosynthesis during Induction, Plant Physiology, Oxford University Press, 2021.
  2. Kazuma Sakoda (Corresponding author), Wataru Yamori, Tomoo Shimada, Shigeo S Sugano, Ikuko Hara-Nishimura, Yu Tanaka, Higher Stomatal Density Improves Photosynthetic Induction and Biomass Production in Arabidopsis Under Fluctuating Light, frontiers in Plant Science, Frontiers, 2020.
  3. Kazuma Sakoda, Akito Yamamoto, Chie Ishikawa, Yojiro Taniguchi, Hiroyoshi Matsumura, and Hiroshi Fukayama, Effects of Introduction of Sorghum RbcS with Rice RbcS Knockdown by RNAi on Photosynthetic Activity and Dry Weight in Rice, Plant Production Science, Taylor and Francis, 2020.
  4. Kazuma Sakoda, Akito Kaga, Yu Tanaka, Seita Suzuki, Kenichiro Fujii, Masao Ishimoto, Tatsuhiko Shiraiwa, Two Novel Quantitative Trait Loci Affecting the Variation in Leaf Photosynthetic Capacity among Soybeans, Plant Science, Elsevier, 2019.
圃場で栽培した多様なダイズ品種を対象に光合成特性の解析を行っている様子.
環境制御型温室において栽培したダイズ90品種の葉をサンプリングしている様子.
5台のガス交換測定装置を用いて光合成測定を行う様子.
モデル植物であるシロイヌナズナを栽培している様子.

2021年(令和3年)

役立つデータのInputと生産現場でのOutputを目指して

寺崎亮(富山県農林水産総合技術センター農業研究所)

  私は,富山県での作物生産に係る気象および気候リスクに関する研究を現在行っております.この研究課題の1つとして,水稲品種「富富富(ふふふ)」における発育段階および生育・収量予測モデルの開発に関する研究に取り組んでいます.今回研究対象としている「富富富」は,高温登熟性および耐倒伏性に優れた短稈品種で,富山県での熟期は中生になります.2018年に富山県のブランド米として生産が開始され,生産振興が図られています.一方で,「コシヒカリ」と熟期が重なるため,本田防除や収穫作業が過密日程にならない作付計画を立てることが生産現場では求められています.そこで,既往の水稲発育予測モデルに「富富富」の生育パラメーターを導入することで,「富富富」の発育段階予測モデルを開発し,予測精度を検討しました.その結果,DVR(発育速度)を積算した発育指数(DVI)を求め,農研機構メッシュ農業気象データを活用することで,県内各地の「富富富」の出穂予測が可能になりました.今後は,ドローン等によるセンシングデータ等の様々なデータを蓄積するとともに,新たな解析手法等を活用して,より予測精度の高いモデルを構築し,生産者の作付計画および防除計画等の支援を行う予定です.
  研究紹介は以上になりますが,富山県では,スマート農業の普及を担う人材の育成等を目的とした「スマート農業普及センター」を2021年5月に開所し,現在,ロボットトラクタや農業用ドローン等の講習会等が実施され,生産現場でのスマート農業技術の普及・推進が図られています.私自身も,生産現場での普及業務の経験を活かしながら,「生産者の思いを汲み取った使い勝手の良い技術開発」に携わりたいと考えており,今後も富山県におけるデータ駆動型農業の普及・推進に貢献できるよう研究開発に邁進してまいります.
  最後になりますが,新型コロナウィルス感染症(COVID-19)との闘いが続く中,従来通りの現地圃場巡回や対面での学会発表等が難しい状態にあり,直接お会いして議論する機会も限られていることは寂しいところではありますが,現場最前線の生産者の下支えをしっかり出来る研究開発に引き続き取り組んでまいります.

他分野での主な研究成果

  1. 寺崎亮・野村幹雄 2019. 水稲「コシヒカリ」における高密度播種苗の特性および初期生育. 日本作物学会第 247 回講演会要旨集:112.
  2. 寺崎亮・板谷恭兵・野村幹雄 2020. 富山県の沖積砂壌土水田における土壌処理除草剤が水稲の高密度播種苗に及ぼす影響. 日本作物学会第 249 回講演会要旨集:139.
富山県の水稲新品種「富富富」
ドローン等によるセンシングデータも様々な場面で活用していきたいです.
就農予定の学生に水田雑草の分類等についての講義も行なっています. (2019年6月撮影)

作物学研究で東日本大震災の被災地における農業復興に貢献することを目指して

山本修平(東北大学大学院農学研究科博士課程2年)

 農家圃場におけるダイズの生産性を評価する研究に取り組んでいます.対象として使用させていただいているのは,仙台市沿岸部荒浜地区にある農事組合法人「せんだいあらはま」が管理する圃場です。この地域は東日本大震災による津波で壊滅的な被害がありました.2013年に40 aからダイズ栽培が始まり,現在では40 haまで拡大して収量も伸びてきており,地域農業を牽引する存在となっています.しかし,大区画圃場では細やかな管理が難しく,気象や土壌に起因する生産阻害要因の評価も不十分です.したがって,農家の意思決定支援のための省力的で定量的な評価手法を確立することが必要であると考えられます.そこで,圃場全体の生育情報を効率的に把握可能なドローンや,栽培期間中であっても使用できる非破壊計測機器によって収集されたデータを統計手法やシミュレーションモデルを用いて解析し,生産性と関連する要因を数値で明らかにすることを目指しています.
 ダイズの収量を変動させる主要因は葉面積と土壌水分であると考えられることから,これらに着目した解析を行ってきました.特に,調査圃場では湿害や黒根腐病による減収が観測されたことから,ドローンによる湿害の評価1),水収支モデルによる土壌水分変動の評価2)3)を行ってきており,今後はこれらの結果を踏まえ,葉面積指数の経時的推移や黒根腐病害と生産性との因果関係を評価していく予定です.
 また,東北大学作物学研究室では,2020年から,私の出身地である福島県富岡町での研究と試験栽培に取り組み始めました.富岡町は,震災時に事故が起きた福島第一原子力発電所の近隣にあり,現在でも一部が帰還困難区域に指定されています.町が再生していくためには,基幹産業であった農業の復興は必須課題です.ここでは,50 aの圃場で冬作のオオムギ,夏作としてダイズ,ソバ,アマランサスの栽培管理に学生主体で取り組んでいます.私の後輩の修士論文で使用する調査を手伝いながら,収穫物の有効利用,特に大麦ではクラフトビール造りを検討しています.
 私が東北大学で作物学の研究を行うことを志した理由の一つは,被災地農業の復興に自分自身の力で貢献したいと思ったからです.こうして被災地を対象とした研究に取り組むことができてとても嬉しいですが,まだ道半ばです。今後は,自分が被災地研究を行ってきた証となるような成果を残したいです.まずは,研究に協力してくださった農事組合法人の方々にとって有益な情報を提供すること,富岡町での農業の新たな可能性を示すことを博士課程在籍中の目標としながら,研究者として独り立ちするための努力を続けていきます.

主な研究成果

  1. 山本修平・本間香貴・橋本直之・牧雅康 2019. UAVリモートセンシングに基づく農家圃場におけるダイズ湿害の評価-2017年仙台沿岸部における観測例-. 日作紀88: 48-49.
  2. 山本修平・本間香貴 2019. 水収支モデル適用によるダイズ農家圃場の土壌水分特性の評価-仙台市沿岸部における 2 年間の解析事例-. 日本作物学会講演会第248回講演会要旨集: 42.
  3. 山本修平・橋本直之・本間香貴・牧雅康 2021. 水収支モデルとリモートセンシングによる土壌水分評価手法の検討-第1報ダイズ農家圃場を対象としたメッシュ解析-. システム農学会2021年度大会. オンライン.
宮城県仙台市の農家圃場で,キャノピーアナライザーによるLAI計測を行っています.
福島県富岡町の圃場で,管理機で大麦に土寄せを行っているところです.
福島県富岡町の圃場で収穫した大麦を,小分けにして運搬しているところです.
福島県富岡町の圃場での大麦の収穫風景です.近所に住む農家の方にコンバインを出してもらい,トンパックに集めています.
福島県富岡町の圃場で栽培を始める前に,除草機で除草を行っているところです.震災以後は放置されていた土地だったため,雑草が繁茂していました.

北海道の子実用トウモロコシ栽培における晩生品種利用の可能性を探って

山口寛登(北海道大学大学院農学研究科博士課程1年)

 私は,寒地における子実用トウモロコシの安定多収に向けた研究を行っています.近年,北海道の道央地域の水田転換畑を中心に,乾燥した子実のみを収穫する子実用トウモロコシの栽培が拡大していますが,生産現場では倒伏による減収が問題となっています.私自身,学部生の頃に農家圃場でトウモロコシの大規模な倒伏を目の当たりにし,この課題を解決したいと考えるようになりました.
 北海道の生産現場で倒伏が生じる要因の一つに,早生品種の密植栽培が挙げられます.子実用トウモロコシを収穫する際には,子実水分が十分に低下していることが必要条件となるため,栽培期間が短い北海道では早生品種を利用しています.しかし,早生品種は根張りが弱いことに加え,個体あたりの収量性が低く,増収を図るためには密植栽培する必要があり,これが倒伏を助長しています.一方で,より晩生の品種の方が耐倒伏性や収量性が高い傾向にありますが,収穫期までに子実水分が十分に低下しないリスクがあります.そこで,より長い栄養生長期間を確保しつつも,子実充填とその後の枯れ上がり期間が短い「早期登熟性」を備えた晩生品種を利用することができれば,寒地での安定多収に向けた戦略の一つになると考え,絹糸抽出後の速やかな登熟と多収性の両立に求められる形質を探っています.
 これまでの研究で,早晩性の異なる品種の子実充填と枯れ上がりの過程を経時的に調査した結果, 登熟過程には顕著な品種間変異があり,既存の晩生品種の中には早期登熟性と多収性および耐倒伏性を兼ね備えた品種が存在することが明らかとなりました1) 2).また,この品種間変異には雌穂形態や子実の生理・形態的特性が関わっている可能性が示唆されました2) 3).今後は,子実内への水の流入・流出を制御する要因を胚乳への同化産物の蓄積と関連付けて解析を行い,早期登熟性を備えた晩生多収品種の選抜・育成に必要な指標を提案することを目指しています.
 私は,高校生のころから大学では農業現場に近いところで農学研究に携わりたいと考えていました.北海道は生産現場が近く,実際に生産者の方々に直接意見を伺う機会もあり,そのような経験が研究に対するモチベーションを高めています.自分の研究から得られた成果を生産現場に還元できるよう日々研究に取り組むとともに,学会等でも積極的に発信していきたいと考えています.

これまでの研究成果

  1. 第247回日本作物学会講演会 「北海道における子実用トウモロコシの増収および耐倒伏性強化に向けた晩生品種利用の検討」(2019年3月,筑波大学)
  2. 第251回日本作物学会講演会 「子実用トウモロコシにおける早期登熟性の品種間変異に関わる形質の解析」(2021年3月,オンライン)
  3. 第251回日本作物学会講演会 「多穂形質が子実用トウモロコシの早期登熟性に及ぼす影響」(2021年3月,オンライン)
耐倒伏性調査の様子
絹糸抽出日調査の様子
圃場でのサンプリングの様子

リレー寄稿文(2021年度より会員交流の広場)

家庭生活と研究・教育活動の両立は多くの学会員のみなさまにとって頭を悩ませる問題の一つだと思います.本ページではその両立のための課題や解決策を考えること,そのような状況にある学会員のみなさまにエールを送ることを目的をして,子育て世代の学会員の方から生の声をお寄せいただきます.ご意見やご感想がありましたら若手・男女共同参画WG座長までご連絡ください.

会員の活動紹介(2021年度より会員交流の広場)

2018年(平成30年)

多様な研究者と農学の課題に挑む

橋田庸一会員(龍谷大学)

 橋田会員は,イネの野外環境応答に関する研究を行っています.網羅的な遺伝子発現解析により取得したデータを解析することで,刻々と変動する野外環境にイネがどのように応答しているか理解することを目指しています.最終的には,その知見をイネの生産性の向上,安定化につなげたいと考えています.
 近年,次世代シーケンサーを用いて網羅的に遺伝子発現データを取得するRNA-Seq解析が普及しつつあります.橋田会員の所属する研究室では,独自の多検体RNA-Seq解析システムを確立しています.このシステムを利用して水田圃場におけるイネの遺伝子発現データを大規模に取得し,統計モデリングや機械学習といった手法で解析することで,野外におけるイネの遺伝子発現がどのような環境要因によって制御されているかを明らかにしてきました.現在はその研究をさらに発展させ,気象情報と遺伝子型からイネの光合成速度や収量といった形質を予測するモデルの開発を目指しています.
 橋田会員には,現在の研究を始めるまでRNA-Seqや統計モデリング,機械学習といった手法の経験がありませんでした.しかし,研究を進めていく中で,これらの手法は作物の研究においても有用であると実感しているといいます.その一方で,丁寧に作物を育てて評価するという作物学の基本の重要性を改めて感じているとのことです.
 また,橋田会員の所属する研究室には作物を専門とする研究者は他におらず,動物からウイルスまで専門の異なる多様な研究員とともに活動を進めています.圃場で育つ作物のことを知らない研究者とともに研究を進める難しさを感じる一方で,異なる視点からの指摘に刺激を受けることも多いそうです.

多検体RNA-Seqライブラリ調整装置で作業を行う橋田会員

2017年(平成29年)

イネの養水分獲得戦略を“根掘り葉掘り”調べる

松波麻耶会員(岩手大学)

 松波会員は,イネの養水分吸収の品種間差異や生理メカニズムについての研究を行っています.水や肥料などの資源を節減しながら高位安定的に作物生産を行っていくために,作物が養水分を最大限の効率で取り込めるしくみを明らかにしたいと考えています.
 近年,分子生物学の目覚ましい発展により,イネでも多くの遺伝子の役割が明らかになってきています.しかし,フィールドでの作物の遺伝子の発現動態,特に根については研究の蓄積が少ないのが現状です.フィールドでの作物学研究では,生育調査を行ったり,植物体成分を分析したり,光合成速度などを測定することで品種の特性や栽培技術の良し悪しを評価します.松波会員はこれら手法と同じように,遺伝子発現解析を一つの作物生育解析のツールとして活用できないかと考えています.これまでの研究では,フィールドで栽培したイネの根の遺伝子発現解析を行い,水や窒素の輸送に関わる遺伝子の発現が生育ステージやその時の環境条件により変動することを見出しました.今後,フィールドでの作物の養水分需要や土壌養分の多寡を反映する遺伝子を明らかにしていくことで,それらをバイオマーカーとして活用し,適正な肥培管理や土壌診断,環境変動に対する生育の予測などに役立てるような研究を展開したいとのことです.
 フィールドでの根のサンプリングやその解析には大変な労力がかかり,まさに根気が必要ですが,そのようにして得られたサンプルから興味深い現象を発見した時の喜びは一入だそうです.

2015年(平成27年)

優秀発表賞の受賞を目指して

畠山友翔 学生会員(九州大学)

 畠山会員は,大学院で光合成における暗呼吸の役割やミトコンドリアの細胞内配置の重要性について研究を行っています.植物のミトコンドリアの研究といった専門的で難しいテーマであるにもかかわらず,畠山会員はこれまで優秀発表賞を4回(口頭発表賞を2回,ポスター賞を2回)連続受賞しています.
 畠山会員は第240回講演会で開催された若手の会企画による小集会「あなたも表彰!?若手の会主催優秀ポスター発表賞授賞式」に参加し,自身のポスターの特徴について若手の会に参加した会員と意見交換を行いました.その中で,
・背景が分かりやすくまとめてあり,初めての人でも研究の内容を理解しやすい
・文章に比べ図が多く,しかも大きい
・文字が大きく見やすい
などが畠山会員のポスターの長所として挙がったそうです.畠山会員はポスター内に無理に全ての内容を収めようとせず,参考図などを別に準備して発表に用いることにより,ポスター紙面のスペースに余裕をもたせ,図表や文字を大きくする工夫をしているとのことです.
 これまで4回優秀発表賞を受賞している畠山会員も,講演会に参加し始めた頃は,多くの時間をかけて準備したポスター発表や口頭発表でもなかなか興味をもってもらえず悩んでいたそうです.講演発表で自身の研究を理解してもらい興味をもってもらえるかを常に考え努力することが,優秀発表賞へ選出されることにつながるのだと思います.もちろん,研究のオリジナリティーと自身の研究に対する情熱が欠かせないことは言うまでもありません.

優秀発表賞を受賞した講演の要旨

別に準備した参考図を用いて説明を行なう畠山会員

大気中のCO2濃度上昇を「資源」とした作物の生産性向上を目指して

下野裕之会員(岩手大学)

 下野会員は,大気中のCO2濃度上昇に対する作物の品種間での応答性の違いに着目し,上昇するCO2を「資源」として効率的に生産性に結び付けることができる適応品種の選抜とその特性の解明を目標に研究を進めています(Shimonoら20092014).大気中のCO2濃度は産業革命以降に急速に増加し続けており,温室効果ガスとして気候変動を拡大することにより作物生産へのマイナスの影響を及ぼしています.一方で,イネ,コムギ,ダイズなどC3光合成回路を持つ作物種にとっては,現在からのCO2濃度の上昇は光合成速度を高めることで生産性にプラスに作用することが知られています.しかし,その程度は現行の品種を用いた場合,CO2濃度の200ppmの上昇で10~20%の生産性の向上程度にとどまり,2050年までに期待される70%の需要増加(FAO, 2009) には遠く及びません.大気CO2濃度の上昇下で爆発的に収量を増加させる候補品種の選抜を目指した研究を世界の研究者と進めています.

コムギの大気CO2濃度上昇への適応品種選抜についての メルボルン大学(オーストラリア)との共同研究
熱帯イネの大気CO2濃度上昇への適応品種選抜についての 国際イネ研究所(フィリピン)との共同研究

2014年(平成26年)

山口県産小麦100%の地産地消パンをみんなといっしょに楽しみたくて

高橋 肇会員(山口大)

 高橋会員は,山口県産小麦粉100%でつくる山口県の地産地消パンの開発・普及について,山口県庁や関連の試験研究機関,地産地消を愛する市民のみなさんとともにとりくんできました.
 小麦は,農家が栽培・収穫したものを製粉工場で小麦粉に挽き,パン屋がパンに焼くことではじめて私たちの口に入ります.お米や野菜のように個人が畑で栽培して,自身で製粉した粉でパンを焼くということは難しいため,「おじいちゃんが畑でつくった小麦でパンを焼いている」という人はまずいないのです.
 山口県では,この小麦を山口県で地産地消しようと,西日本で最初のパン用小麦品種「ニシノカオリ」を奨励品種に採用し,地産地消パンの開発・普及に努めてきました.平成24年には学校給食パンの原料は100%山口県産小麦粉となりました.
 高橋会員は,山口大学の公開講座「小麦栽培から始めるパンづくり」を通じて,山口県産小麦の地産地消パンの魅力を市民に伝えるとともに,これら市民とともに山口県の地産地消を推進する「パン研究会」を立ち上げ,10年を超える活動を続けてきました.
 平成25年には,製パン適性のより高い「せときらら」が新たな奨励品種となりました.現在,一人でも多くのみなさんに「せときらら」の魅力を知っていただき,「せときらら」が山口県ブランドの強力粉となるよう活動しています.

ダッチオーブンでパンを焼く高橋会員
ダッチオーブンでパンを焼く高橋会員

ダイズの生理生態と環境ストレス応答機構に基づく多収理論の構築と実証

国分牧衛会員(東北大学)

 国分会員は,東北農業試験場,農業研究センターおよび東北大学において長年にわたり「ダイズの多収性」について研究を行ってきました.
 まず,生理生態学的特性からみた多収性について研究を行い,ダイズ品種の収量性改良の道筋を理論的に体系化しました.その研究成果は,多収育種の基礎理論として内外で活用されています.
 次いで環境ストレスへの適応機構からみた収量の安定性について研究を進め,高CO2・高温,水ストレスおよび塩ストレスへの適応機構を解析し,ストレス耐性向上の可能性を示しました.さらに,研究成果を多くの専門書として,また子供用の教科書,絵本や図鑑として出版し,科学的知見の普及にも尽力しています.
 このように,国分会員は,ダイズの収量性改良の理論を発展させ,作物に関する知見の啓発に努めることにより,農学の発展に寄与したことが評価され,2014年4月に日本農学賞,読売農学賞を受賞しました


オオムギ縞萎縮病抵抗性育種の効率化とビールオオムギ新品種の育成で
農業技術功労者表彰を受賞

五月女敏範会員(栃木県農業試験場)

 五月女会員は,「オオムギ縞萎縮病抵抗性育種の効率化とサチホゴールデン等の育成」で平成25年度「農業技術功労者表彰」を受賞されました.オオムギ縞萎縮病は,土壌伝染性の難防除ウイルス病で抵抗性品種以外に防除の手段がなく,ビールオオムギが罹病すると収量や品質が大きく低下します.これまでも抵抗性品種が育成されてきましたが,それらが持つ抵抗性遺伝子が侵され,1990年代半ば以降には再び産地で被害が拡大していました.
 そこで,国内で発生しているオオムギ縞萎縮ウイルスの各系統と既知の抵抗性遺伝子との関係や,Ⅲ型(新型)ウイルス系統に抵抗性遺伝子rym3を持つ系統が育種の選抜過程で出現頻度が低くなるという育種上の課題を明らかにしました.また,アイソザイムを活用した抵抗性遺伝子の選抜・集積法を1995年に開発し,育種現場に導入を行いました.これらにより,「スカイゴールデン」(ビールオオムギ初の抵抗遺伝子集積品種),「サチホゴールデン」(新型系統抵抗性品種),「とちのいぶき」(非醸造用二条オオムギ初の抵抗遺伝子集積品種)といった抵抗性品種の開発を可能としました.
 今回の受賞にあたっては,アイソザイムを利用した分子選抜により育種の効率化を図ったことやこの手法はM.A.S.(Marker Assisted Selection:DNAマーカー選抜技術)の先駆けとなったこと,会員が選抜した抵抗性品種・系統が国内全ての抵抗性ビールオオムギ品種の親として活用されていること,品種の育成にあたり抵抗性のみならず実用性を重視したこと(例えば,「スカイゴールデン」は標準品種に比べて19%,「サチホゴールデン」は同じく24%,多収),そして育成した「スカイゴールデン」,「サチホゴールデン」は国内ビールオオムギの作付けの7割を占めるまで普及し,オオムギ縞萎縮病の被害を回避しビールオオムギの安定生産の実現に貢献したことが評価され,受賞となりました.   ビールオオムギは,工業原料と同様に優れた品質はもちろんのこと麦芽・醸造特性で1項目でも適性を持たないと品種になることはありません.そのため,これまではオオムギ縞萎縮病抵抗性遺伝子1つを導入するのに20年以上を要してきました.加えて,ウイルスと抵抗性遺伝子とのいたちごっこ(抵抗性崩壊)は今後も起きるものと考えられます.そこで,会員の所属する栃木県農業試験場では,ウイルスとオオムギとの生物間相互作用に基づく抵抗性機構の解明と抵抗性崩壊の起きにくい効率的な品種開発に向けて,研究を始めています.

「農業技術功労者表彰」について

2013年(平成25年)

アフリカの稲の研究で活躍する女性研究者

曽根千晴会員(秋田県立大学)

 曽根会員は,秋田県立大学でアフリカなどの不良環境下のイネの栽培管理技術や品種開発に関する研究を行っています.アフリカでは近年人口の増加と,生活水準の上昇にともないコメの消費が急増しており,これに対応するため,稲作が振興されています.ところが,アジアのイネ収量の著しい向上とは対照的にアフリカのイネ収量は低いままです.曽根会員は,これまでアフリカ地域で問題となっている低肥沃・塩類土壌や冠水条件下のイネの生産性向上に関わる栽培・生理学的研究を行い,その成果で,2013年に第17回日本作物学会研究奨励賞を受賞されました.現在は,アフリカの氾濫低湿地に適応した不耕起直播栽培技術の体系化に貢献すべく,アフリカのガーナの研究サイトで圃場栽培試験を展開しています.国内に拠点を置きながらアフリカの問題に取り組むことは,容易に現地サイトを見に行けない等もどかしい点もありますが,詳細な生理機構を国内の施設や機器を使って研究できる等利点もあります.日本とアフリカの双方で研究できる利点を活かし,今後も研究を続けていきたいと考えています.
 女性研究者として,男女共同参画の推進にも関わらず,結婚や出産,育児と研究の両立に不安や苦労を感じている同世代の女性の話を耳にすることがあり,モデルとなる先輩女性研究者の不足を感じることもあるそうです.また,現在は男女問わずパーマネントの研究職を得ることは容易ではありません.その点で作物学会には組織的な就職支援への取り組みを期待したいとのことでした.

イネ冠水実験系での収穫
ガーナ現地での圃場試験

ローズグラスの塩腺の研究で講演会優秀発表賞を受賞

大井崇生会員(名古屋大学)

 大井会員は,講演会優秀発表賞(35歳以下の会員が対象)を2回,受賞しています.そこで,魅力的なプレゼンテーションをするためのコツを聞きました. 大井会員の研究対象であるローズグラスは,世界各地で導入され,日本で最も普及している暖地型イネ科牧草であり,耐塩性が高いことなどから塩害地での活用も期待されています.大井会員らはこれまでに耐塩性に関わると考えられる“塩腺”と呼ばれる葉表皮上の構造の分布・外形・細胞内構造を電子顕微鏡観察により解明し1),塩腺から塩が排出される実態を捉え2),現在その塩排出メカニズムの解明に取り組んでいます.
 大井会員は「正確で分かりやすい発表を行うことは、精密で効率の良い実験を行うことと同様に,大切な研究活動の一環である」と大学生活で教えられてきたそうです.そのため新しい実験手法を学ぶように,本を読んだり,講習会に参加したりしてプレゼンテーションについても積極的に学ぶように心がけているそうです.本学会においても,大井会員は第233回講演会における若手の会企画の小集会「伝わるプレゼンの作り方」に発起人の一人として企画から参加していました.この小集会では,スライド作成時の注意点から具体的な図表作成技術,聴き手を納得させる情報伝達の考え方に至る話題が提供され,さらに参加者による実演を基にした意見交換が行われるといった充実した内容であり,以降の発表時にとても参考になったとのことでした.また,本番までに専門の異なる他研究室の友人等を相手に模擬発表を行い,率直な感想・意見をもらって修正を加えることを必ず行い,独りよがりな情報発信にならないように心がけているそうです.これらのことが2回の受賞につながったのだと思います.

<受賞発表の要旨および発表内容の論文>

  1. 第230回日本作物学会講演会(2010年9月,北海道大学)
    Oi et al. (2012) Int. J. Plant Sci. 173: 454-463.
  2. 第234回日本作物学会講演会(2012年9月,東北大学)
    Oi et al. (2013) Flora 208: 52-57.

<若手の会企画による小集会(12)」開催報告>
 第233回日本作物学会講演会(2012年3月,東京農工大学)

若手の会企画による小集会(12)「伝わるプレゼンの作り方」の様子
(左:講演者による話題提供,右:参加した学会員らによる議論)


コムギ品種「きたほなみ」の育成と普及

吉村康弘会員(北海道立総合研究機構北見農業試験場)

 吉村会員をはじめとする北海道立総合研究機構北見農業試験場の麦類グループは,平成18年(2006年)に北海道の秋播コムギ品種「きたほなみ」を育成しました.「きたほなみ」は,平成24年(2012年)産で北海道のコムギ作付面積の約9割を占める約10万6千ヘクタール栽培され,生産量は国内産コムギの約5割に達しています.「きたほなみ」は,日本めん用として高い品質を誇るASW(オーストラリア・スタンダード・ホワイト)並の加工適性があり,ゆでめんの色と食感が優れているほか,製粉性も優れています.栽培性では,これまでにない多収性を実現し,「ホクシン」より約2割多収であることに加え,病害耐性や穂発芽耐性も向上しており,近年,収穫期に降雨に遭うことが増えている北海道のコムギ作において,安定生産性の向上にも貢献しています.加工利用では,高品質を利用したうどんなどの日本めん用のほか,収穫量の多さや安定生産性から利用拡大や用途開発が進み,品質特性と加工技術を生かして,菓子類やパン類への利用も進んでいます.
 この品種の普及に際しては,北海道の多くの作物学会の会員が関わり,高品質安定生産のための適切な栽培法の研究と普及指導が行われており,道内で順調に普及と生産性向上が進んでいます.

○うどんに最適な秋まき小麦品種「きたほなみ」について
○道総研ランチタイムセミナー「驚異の道産小麦「きたほなみ」の全て」(動画)


イネの稈形質に関わる遺伝子の同定と利用

大川泰一郎会員(東京農工大学)

 大川会員は名古屋大学,農業生物資源研究所および富山県農林水産総合技術センターの会員等との共同研究で,イネの稈を強くして倒伏抵抗性を増すとともに、収量も増加させる遺伝子SCM2 を発見しました.稈が細くて倒伏しやすいコシヒカリに、稈が太くて倒伏しにくいハバタキのSCM2 遺伝子を含む染色体断片を入れた同質遺伝子系統(NIL-SCM2)を育成した結果,細胞分裂が促進され稈の外径が大きくなり,倒伏に強くなることを明らかにしました.また,この遺伝子の多面発現により,籾数が増加して収量が10%多くなることも分かりました.これらの成果は,2010年に Nature Communications 誌に掲載されるとともにNHKなど多くのメディアに取り上げられました.最近は、飼料イネの多収性、倒伏抵抗性の改良について研究し,作物生理学的な基礎研究の成果をもとに作物研究所と「リーフスター」を共同育成し,現在は強稈性遺伝子の集積による倒伏抵抗性品種の改良に関する研究を行っています.イネの多収化,強稈化に向けて,大川会員の今後の研究の発展に期待が寄せられています.

発表論文

コシヒカリにハバタキの強稈遺伝子SCM2を含む染色体断片をもつ準同質遺伝子系統NIL-SCM2.
材料試験機による倒伏抵抗性に関わる稈基部節間の強度測定.

2012年(平成24年)

米と大豆加工品の放射性セシウム濃度の推定と希釈

藤村恵人会員(福島県農業総合センター)
佐藤 誠会員(福島県農業総合センター)
丹治克男会員(福島県農業総合センター)

 震災にともなう原子力発電所の事故により,食品の放射性セシウム汚染が問題となっています.そこで,福島県農業総合センターは学習院大学と共同して,玄米中の放射性セシウム濃度を穂揃期の地上部全体の濃度やポットで育てた幼苗の濃度から推定できることを明らかにしました.また,玄米を精米することや白米のとぎ回数を増やすことで放射性セシウム濃度が低くなることを見出しました.さらに,大豆では豆腐や味噌などへの加工の過程で行われる吸水や副材料の添加により,加工食品中の放射性セシウム濃度が原料の大豆に比べて低くなることを確認しました.これらの研究成果は,第234回日本作物学会講演会で発表されました.

○震災に関する発表等
福島県農業総合センター ホームページ「農業分野における放射性物質試験研究について」

<口頭発表>
藤村恵人ほか (2012) 玄米中放射性セシウム濃度の推定および土壌からの吸収リスクの作付け前診断
佐藤誠ほか (2012) 精米歩合及び炊飯米の放射性セシウムの解析
丹治克男ほか (2012) 大豆の加工に伴う放射性セシウム濃度の動態


摘心技術による大豆の安定多収化への挑戦

林元樹会員(愛知県農業総合試験場)

 林会員は,摘心技術を基軸とした大豆の安定多収が可能な栽培体系の確立について研究を行っています.愛知県の大豆は,生育過剰による倒伏やまん化の発生などにより収量が必ずしも高くありません.そこで,愛知県農業総合試験場作物研究部は,実用的な摘心栽培を可能とするため,「大豆省力摘心機」を試作しました.林会員は,この研究を進める中で,摘心処理が当初の目的である倒伏の抑制だけでなく,着莢数と子実重を増加させる効果があることを明らかにしました.これまでに,摘心処理を行うと分枝の着莢数が増加することを確認しており,これが増収の要因ではないかと考えています.さらに,過繁茂とならず「正常な」生育をする大豆でも増収効果(2割程度の増収)が確認されたことから,省力摘心機による摘心処理は,いわゆる「生育抑制技術」ではなく,「多収技術」になると考えています.今後は,名古屋大学大学院生命農学研究科の会員と,摘心処理から増収に至るメカニズムを解明する共同研究を行う予定です.

最近の講演要旨(第232回講演会(2011年9月,山口大学))


雑草の埋土種子診断法の確立を目指して

小林浩幸会員(農研機構東北農業研究センター)

 小林会員は,「カバークロップ」や「リビングマルチ」による雑草防除の研究を進めており,最近,渡辺寛明会員(農研機構中央農業研究センター)とともに,雑草の埋土種子の調査法についてとりまとめました.作物の栽培の歴史は雑草との戦いの歴史と言っても過言ではありません.除草剤の効果や安全性が向上した現在においても,除草剤に耕種的防除法を組み合わせる総合防除が求められており,圃場における雑草の埋土種子の種類と量を把握して適切に防除することが必要です.雑草の埋土種子の種類は,採取した土壌から塩水選の方法を使って比重分離法で,あるいは水流を使って土壌を除去して取り出した後に,種子の標本や図鑑により判別するのが基本です.種子の比重は雑草の種類によって違い,たとえば同じイネ科の雑草でも,メヒシバでは比重が1.19,スズメノテッポウは1.32などと,それぞれ異なりますので,比重分離法では適切な濃度の塩類溶液を使用します.その後,押しつぶし法やTTC法により種子の生死を判定します.採取した種子を発芽させて同定が可能になるまで育てることもあります.小林会員は,現在,3次元形状認識に基づく雑草埋土種子の同定技術とその自動化にも取り組んでおり,土壌肥料分野で一般的になっている「土壌診断」のように「埋土種子診断」や「雑草診断」として確立したいと考えています.

○論文
小林浩幸・渡邊寛明 (2010) 雑草研究における埋土種子調査の目的と手法. 雑草研究55: 194-207

○麦作・大豆作・水稲作の難防除雑草 埋土種子調査マニュアル
2009年5月 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター・東北農業研究センター・九州沖縄農業研究センター


中学校で作物学が果たす役割が拡大

平尾健二会員(福岡教育大学)

 平尾会員は,「アフリカイネの収量関連形質に関する研究」を進めるとともに,教員養成課程の中学校技術科教員の養成に携わる中で「ペットボトルを利用したイネの栽培教材(ペットボトル稲)の開発」に取り組んでいます.中学校の学習指導要領の改定により,技術科においてこれまで選択内容であった「栽培」が,必修の「生物育成」になり,完全実施されることになりました.これまで工学的なものづくりばかりが実践されてきた技術科において,全国の教員の間で経験不足による戸惑い,不安が広がっています.そこで,平尾会員は,「ペットボトル稲」など中学校の栽培環境で実践することが可能な作物栽培法の開発を行っています.今回,中学校で必修化された「生物育成」の学習内容が充実すれば,将来,農学系を志望する生徒が育ち,農業や食料生産に関心を持つ市民が増えることにもつながると考えられます.このため,平尾会員は作物学会の会員に,それぞれの立場で,この問題への理解と協力を求めています.このことは,2011年の秋に山口大学で行われた第232回作物学会講演会で発表されており,講演要旨はホームページで公開されています


北海道で農家として春播コムギの初冬播き栽培を実践

佐藤導謙会員(佐藤技術士事務所,農業自営,元北海道立中央農業試験場)

 佐藤会員は,「春播コムギの初冬播き栽培技術の開発」で2002年に第1回日本作物学会技術賞を受賞されたお一人です.その後,2006年に北海道立中央農業試験場を退職してUターン就農され,現在は農家の立場でこの技術を実践しています.佐藤会員は,北海道の北部・下川町にて14haの農地と15棟のビニルハウスを経営する地域では中堅クラスの農家で,露地ではコムギ,ソバなど,ハウスではネギ,サヤエンドウ,トマトなどを栽培しています.このうちコムギは,ご自身が育成にも携わった穂発芽に強い春播コムギ品種「はるきらり」をすべて初冬播きで栽培しています.2010年には地域の初冬播き栽培の主力品種「ハルユタカ」が穂発芽で全量規格外となる中で,佐藤会員の栽培した初冬播き栽培の「はるきらり」は反収4俵弱(1反は10a,1俵はコムギでは60kg)の規格品を出しました.北海道では秋播コムギの作付けが90%を超えますが,下川町では2002年ごろより春播コムギの初冬播き栽培が本格導入され,現在ではコムギ作付けの90%以上が春播コムギの初冬播き栽培となり,北海道内でも異色の地域となっています.このように,佐藤会員の活動は,作物学会の会員が自ら手掛けた技術を生産者として実践している貴重な例です.佐藤会員の研究は,以下の北海道立農業試験場報告第110号に博士論文としてまとめられています.

農業技術情報広場(北海道立総合研究機構農業研究本部)ホームページに掲載


アフリカの伝統作物ササゲを通じて農民の生活の向上を!

村中聡会員(国際農林水産業研究センター)

 村中会員は,アフリカの乾燥地に重要なマメ科作物ササゲの研究・開発にとりくんでいます.アフリカの乾燥地域の貧しい小規模農家にとって,このササゲは重要なタンパク源であるとともに,貴重な現金収入の糧となっています.これまでササゲの育種目標は,収量性,耐乾性,病虫害耐性に置かれてきましたが,最近ではこれらの形質に加え,品質向上および付加価値化の必要性が提唱されています.現在,村中会員は,ナイジェリアにある国際熱帯農業研究所(IITA)を活動の拠点とし,現地消費者の嗜好に適した形質を備え,高栄養価(タンパク質,鉄・亜鉛等の微量要素)な有用育種素材を選定しています.
  これまでのアフリカ農業の現場に根ざした活動は,NHK地球ラジオの「にっぽんチャチャチャ-乾燥に強いササゲを作る」(2007年8月26日放送)や,読売新聞コラム「時間みつけ熱い現場みて」(2009年8月28日朝刊)などで取り上げられました.
 最近の村中会員の研究結果は,東京農工大学で行われた第233回作物学会講演会で発表されています

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米の食味評価法の確立と栽培環境の影響の解析に基づいた
良食味米の生産技術に関する研究

松江勇次会員(九州大)

 松江会員は,福岡県農業総合試験場において長年にわたり「米の食味(おいしさ)」の科学をテーマに研究を行ってきました.
まず,高精度で高効率な米の食味検定法を開発し,米の食味と理化学的特性との関係を解明しました.そして,水稲の栽培環境が米の食味におよぼす影響を解明し,食味からみた水稲品種の適応性と産地の適格性を解明しました.さらに,食味の多様性を解明するとともにDNAマーカーを開発するなど,遺伝子レベルでの食味研究を世界に先駆けて展開しました.理論と応用の両面を兼ね備えた研究成果は,広く国内外の生産現場に普及しています.
このように,松江会員は,米の食味に関する応用科学を農学の重要な研究分野として展開させ,農学の発展に寄与したことが評価されて,2012年4月に日本農学賞,読売農学賞を受賞しました


東北大震災における地震・津波による農業被害

国分牧衛会員(東北大)

 国分会員は,津波被害を受けた太平洋沿岸農業地帯の水田や畑の被害状況について震災直後から調査を行い,被害の実態と復旧方策について提言を行っています.震災後に東北大学大学院農学研究科内に組織された「食・農・村の復興支援プロジェクト」(活動詳細は下記のHPを参照)のメンバーとして津波被害地の実態調査に参画し,同プロジェクトチーム企画のシンポジウムにおいて被害実態の調査結果や対応策について報告しています.また,日本学術会議や日本農学会の「東日本大震災の復興に対する農学の役割」ワーキンググループ,大学等主催のシンポジウムあるいはマスメディア等を通じて,これらの成果を報告しつつ復興策の提言を行っています.2012年9月には日本作物学会第234回講演会において,大震災に対する作物生産技術に関する公開シンポジウムをオーガナイザーとして計画しています.

【東日本大震災への作物栽培対応情報】


東北大震災における水稲の塩害の生理機構とその対策

近藤始彦会員(農研機構・作物研究所)
荒井裕見子会員(農研機構・作物研究所)
高井俊之会員(農研機構・作物研究所)
吉永悟志会員(農研機構・作物研究所)
岩澤紀生会員(農研機構・作物研究所)

 農研機構・作物研究所は,震災後に津波被害や液状化被害を受けた地域の水田の圃場・施設の被害状況や水稲の塩害障害を調査し,塩害対策について提言を行っています.
 液状化被害を受けた茨城県稲敷市においては,農地,灌漑排水施設の破損状況や,水路への塩類混入被害,水稲収量の塩類障害の影響を調査しています.また津波冠水を受けた水稲宮城県仙台市若林区,石巻市蛇田地区においては現地での耐塩性の品種評価試験を他機関と共同して実施しています.食用品種,飼料用品種など実用品種について耐塩性とその品種特性の評価を行うとともに,東北地域向けの耐塩性品種開発にも協力しています.これら活動から,高塩類の水田での栽培・品種対策について提言を行うとともに,耐塩性が比較的高い水稲品種や育種素材を見出し,日本作物学会などで公表しています.

稲敷市における水田の液状化被害 (2011年3月)
稲敷市における水稲の塩類障害 (2011年7月)

【東日本大震災への作物栽培対応情報】