日本作物学会 緊急声明
― 我が国の主食である米の持続的な安定生産,食料自給率向上,食料安全保障に向けて ―
令和5年(2023年)以降,米の販売価格が高騰し,「平成の米騒動」以来の「令和の米騒動」として大きな社会問題となっています.「平成の米騒動」は平成5年(1993年)の7月の低温による不稔が原因となり,障害型冷害が東北太平洋側で大規模に発生し,生産量が大幅に低下し,外国米を緊急輸入する事態となりました.今回の「令和の米騒動」では,出穂期から登熟期の高温,渇水により米の一部が白く濁ったり未熟となる高温登熟障害米が大発生し,精米歩留まりが低下,米の主要産地で一等米比率が著しく低下し,米の供給量が減少しました.
米高騰の理由には,流通や販売に至るまでの過程での要因も指摘されていますが,米生産における重要な要因もあります.気候変動や温暖化が懸念されている中で,我が国の主食である米と穀類の持続的な安定生産を実現することが重要であります.日本作物学会は,広く国民の皆様に理解を求め,国及び都道府県の作物生産に従事している関係機関及び団体に向けて,とりわけ政策立案者に向けて,緊急声明を発表いたします.以下に,我が国の現在の米の生産に関する懸念点を学術的な観点から説明し,それに基づいて4つの提言を述べます.
令和5年から6年には,これまで減少傾向だった国内の米の需要が下げ止まり堅調なのに対し,生産量が低下し続け,令和5年産では661万tまで減少し,需要量より供給量が少ない事態が発生しています1.温暖化により令和5年,6年,とくに令和6年夏は観測史上で例のない猛暑となり2,この年,世界の年平均気温は産業革命前と比べて1.5℃を超えました3.国内の多くの地域で高温登熟障害米の発生が確認され,品質の著しい低下と収量減少が顕著となっています.また,温暖化でイネカメムシが越冬可能となり,令和6年にはイネカメムシが大量発生し,吸汁により群馬県,埼玉県などで大幅な収量および品質低下をもたらしました.このように,これまで数十年に一度の大冷害とは異なり,温暖化による高温,渇水が連続して続き,米の収量,品質低下を引き起こし,生産量が低下した大きな要因の一つとなっていることが推定されます.この問題は日本だけでなく,世界各地の米をはじめとする作物生産にも大きな影響を及ぼし始めています3.4.
深刻な問題はさらにこれから先にあり,農林水産省令和6年度 食料・農業・農村白書によれば,農業経営体の急減が予測されており,稲作では2020年の54.3万から2030年には23.6万に半減するとしています5.若い世代の担い手の育成が進まなければ,我が国の米の生産量はさらに低下することが懸念されます.これにより主食である米の自給率の著しい低下,さらには食料安全保障への深刻な影響が現実のものとなると考えられます.また,イネを生産する化学肥料,燃料などの生産コストは高騰しており,国内での有機質肥料や資源回収による肥料生産へのシフトも課題となっています5.
一方,温暖化のさらなる進行に伴い,登熟障害米の発生のみならず,出穂開花期の高温不稔のリスクが一層高まると予測されており,高温耐性品種や栽培技術の開発が急務となっています.食料生産に対する気候変動のリスクは今後さらに拡大し,日本にとどまらず,地球規模で主食である米,麦などの生産に重大な影響を及ぼすものとして警鐘が鳴らされています3,4.
日本作物学会は,我が国および世界の主食となる作物の安定生産,温暖化が作物生産に及ぼす影響の試算とその対策,持続的な農業などに関する科学について,会員による生産現場での実践的な研究活動を通じて,研究交流活動,社会貢献活動を積極的に実施し,例えば冷害に強い品種の生理機構の解明と品種改良,多収・高品質栽培技術の開発・普及,最近では高温,干ばつ,冠水や台風など自然災害に強い作物の生理機構の解明,品種改良,栽培管理技術の開発・普及,温暖化による作物生産予測とその適応対策に関する研究3,6,7に努め,安定した食料生産に貢献してきました.
上記のような将来の食料生産の危機的状況を鑑み,日本作物学会は将来の食料生産の安定確保に向けて,以下の4つの提言をいたします.
提言事項
- 国内各地域における持続的な米の生産による完全自給,麦,大豆などを含む穀物の食料自給率の向上
- 気候変動による高温害,旱ばつ,冷害,大型台風など自然災害に強いイネなど作物の生理的メカニズムの解明,品種改良および栽培技術,および地域の資源循環型作物生産技術の開発に関わる研究の推進,および教育,人材育成の強化
- 温暖化に対する被害を軽減する肥培8・水管理9や適応品種の選択10など対策技術の開発・普及のさらなる推進
- 国内外の食料生産に対する気候変動リスクを見据えた作物生産の将来予測とその対策,食料備蓄,食料安全保障の強化
日本作物学会は,気候変動下においても我が国の主食である米や麦,大豆など穀物の安定的な生産を強固にするため,学術的知見の集積と研究成果の生産現場への還元,社会との連携を一層強化し,将来にわたって我が国と世界の持続可能な食料生産,自給率のさらなる向上,食料安全保障の実現に向け,関連学会および機関と協力し貢献してまいります.
令和7年 7月3日
一般社団法人 日本作物学会
以下のURLから声明文のPDFファイルをダウンロードできます.
https://cropscience.jp/wp-content/uploads/2025/07/日本作物学会緊急声明250704.pdf