日本作物学会会員の皆様へ
-現執行部の任期を終えるにあたってのご挨拶-
会長 白岩立彦
(京都大学大学院農学研究科)
日本作物学会の今期(2018-2019年)執行部の任を終えるにあたりまして,ご挨拶を申しあげます.
この2年間に,財政再建および講演会開催方法の問題に関しまして,皆様のご協力のお蔭でひとまずの区切りをつけさせていただきました.一方,この間を通じて,地震,豪雨,台風による災害が相次いで発生,そして今COVID-19の災禍が進行中であり,それらのために2回もの講演会が一部または全部中止となりました.発表の機会を逸した会員各位には申し訳なく存じます.ただ,関係各位の多大なご尽力により影響は可能な限り少なくできたのではないかと思っております.一方,緊急とはいえ規定等にはない執行部の任期延長をはじめ,ウェブやメールにおる評議員会,総会など,異例の会務手法を使わざるを得なかったことはあらためてお詫びしなくてはなりません.そのようなわけで“無事に”とは言いにくいところですが,曲りなりにも任を終えることを光栄に存じます.会員の皆様の多大なるご支援に,厚く御礼申し上げます.また,学会運営に多大な時間を割いていただいた評議員,各委員会委員の先生方に心から感謝申し上げます.
主な活動については既にご報告(学会HP,2月3日付“会長挨拶”)申し上げましたので,この場をお借りして,最後に一つ別の活動として,作物学研究の将来に向けた課題について行ったブレーンストーミング“作物学懇談会”の様子を簡単にご紹介します.これは,諸課題の目途が立ちはじめたのを機に,30 年ぐらい先の作物学と作物学会において何が重要になるだろうか,自由な意見交換をしたものです.ワーキンググループを立ち上げる時間と体力がなかったため,現執行部メンバーに大川先生に加わっていただく形で,参加経費は各自自弁として集まりました.
まず,現在の作物学の特質を議論し,本学会は基礎研究と応用研究が混在しておりそれが強みとして感じられること,応用研究を行っている農学者はとくに,問題解決のコーディネータになる素地があること,例えば,作目・品種の時間的・空間的配置と管理技術の全体の計画を担えるのは作物学であろうこと,このような長所を体現するためには,若いときに現地での研究経験が望まれること,などが出されました.一方,例えばゲノム科学の過去30年の進展が想像を超えたものと感じる作物学研究者が多いように,先端技術の取り込みが他の農学分野に比べて緩慢であること,“収量”を高めることに関心が向きがちで品質に関わる研究が立ち遅れていること,将来の需要を見越した育種家の“仕込み(交配選抜)”にみられるような戦略的な視点と取組が一般に少ない,などの反省点が出されました.
将来の作物学を考えるときに注目すべき背景として,農業の担い手の減少問題,気候変動,ゲノム科学と情報科学の急速な進展,ICTを活用したスマート農業の普及,などが挙げられました.例えば,気候変動に関連して病虫害の増加が物理的ストレスと同等あるいはそれ以上に懸念されること,AIの利用は分子生物学がそうであったように近い将来研究手段として一般化されるであろうこと,などの指摘がありました.具体的課題として挙がったものを順不同で示しますと,次のようになります.*高品質と高収量を併せもつ作物の育成,*中山間地農業の持続のための技術開発,*作物の潜在生産力の予測推定,*防災,減災に寄与する作物生産技術(水田の貯水機能,浮稲,耐倒伏性等),*極端気象への対策技術,*作物の形質調査へのAIの活用,*経営体の大規模化とスマート農業の普及に伴う諸問題,*生物ストレス,環境や資源効率に配慮した有機農業関連の課題などです.作物学会では兼ねてから,HP“みんなと作物学”において学会が重視してきた研究課題を簡潔に述べられていて,上に挙げた諸課題のいくつかを含んでいます.それらの中でも今回の討論では,変動する環境への対応,食の安全・安心,生命科学の応用などが,よく言及されました.そして,作物生産に関わるいずれの問題も,現在の作物学の範囲だけでは解決は難しく,関連分野との横断的な取組みが必要になること,また米国の農学会(ASA-CSSA-SSSA)のように関連する学会同士で,同じ場所,同じ期間に講演会を開催することは大変合理的であること,などが強く認識されました.
時間切れとなり議論を集約するには至りませんでしたが,学会運営の諸課題から一時離れ,このような将来の研究について気楽に思いをはせるのは楽しく,また自らの研究を見つめなおす良い機会になりました.しかし,参加者の知見の限りではとても将来を遠望したとは言い得ず,上に述べた問題も既に取り組みが始まっているものが多くを占めました.将来展望を醸成するためには,さらに幅広く考えを出しあうことが望まれます.特に,今の農業を独自の感性でみつめている,あるいは新たな技術に活発に取り組んでいる,若い学会員各位の意欲と創意に期待すべきところは極めて大きいです.そしてこのような検討が,何らかの大型研究を計画する際の素地になれば本会にとって有益だと思います.新会長山岸順子先生には,このような継続的議論に取り組まれるご意向をうかがっております.会員の皆様にも,活発な議論への参加をお願いしたく存じます.
以上,御礼と報告でもって,挨拶にかえさせていただきます.繰り返しになりますが,2年間のご協力に心から感謝申し上げます.